長い歴史を持つ人形の中でも、その世界を大きく変えたものがワックス・ドールです。
精巧でなめらかな肌の質感や、人間そっくりに見えた外観は、世に登場したときはどれほど多くの人を驚かせ、また人形ファンを歓喜させたことでしょう。
今回は人形制作の歴史の中でも、画期的な製造法となったワックス・ドールについてご紹介します。
ワックス・ドールの始まり
『ワックス・ドール』と聞いて、どんな人形なのかピンとこない方も多いかもしれません。
14世紀ごろに宗教的用途や奉納品を作る際に使用されていたワックスですが、18世紀になるまではワックス製の胸像が流行したぐらいで、あまり一般的な素材ではありませんでした。
しかし人形の人気と需要が高まるにつれ、ワックスを取り扱う業者や人形メーカーがこの素材を活用しようと思いついたのは、自然の成り行きだったのかもしれません。
18世紀の終わりごろまでには、フランスやドイツ、イギリスでワックス・ドールの生産が盛んになりましたが、特にイギリスで大きな発展を遂げることとなりました。
ワックス・ドールの種類
ワックス・ドールの種類は主に3種類に分類されています。まず最初に考案されたのは、ワックスを注いで作られた人形です。
漂白した蜜蝋や着色剤などを加熱した人形の頭のかたちをした石膏型に注ぐ製造法で、目の部分は切り抜いてガラス製の目を挿入し、再度ワックスで瞳を固定しています。
髪はモヘアか、人間の髪の毛を利用しており、かつらかもしくは房にして頭部に挿入しています。
ワックスを注いで作られる人形には、腕と足も同じ方法で作られたものが身体に縫い付けられているものがあります。
この人形は主にイギリスで生産され、ワックス・ドールの初期の製造法となり、最も高価なものでした。
ワックス・オーバー・ドール
初期の方法より価格を抑えて生産された人形はワックス・オーバー・ドールと呼ばれ、頭部がパピエマシェと呼ばれる張り子で作られた方法です。
張り子で作られた頭部は溶けたワックスに浸されており、着色されてよりリアルな外観となりました。
ワックス・オーバー・ドールは主にドイツ、そしてフランスで製造されました。
イギリスでも生産されたもののひとつは、かつらを固定するため頭に切り込みがあるため、スリッドヘッドと呼ばれています。
ふたつの製造法を組み合わせ、より耐久性に優れた方法で
ワックスを注ぐ方法と、ワックス・オーバー・ドールの二つの製造法を組み合わせたものが、強化ワックス・ドールです。
これは人形の頭をワックスを注いだもので成形し、石膏などに浸した布を使って内部を補強している方法です。
人形の頭部はより頑丈となり、木製の歯を持つ、口がわずかに開いている人形も生み出されました。
これらのワックス・ドールはワックス製の腕や足のほか、コットンやモスリンを詰めた体を持っており、体にワイヤーや紐が通され、それを引くことによって人形の手足を動かすことができたものもありました。
髪の毛はボンネットとかつらでヘアスタイルが作成されたものも登場し、オーダーメイドの場合では指定された人の髪の毛を使い、頭髪にしている人形もありました。
最も有名な女性ワックス・ドール・メーカー、マダム・モンタナリ
マダム・モンタナリは英国で最も有名な作り手として知られています。
コルシカ島生まれの彫刻家、ナポレオン・モンタナリと結婚したイギリス人女性、オーガスタ・モンタナリは1851年の展覧会で賞を受賞し、ワックス・ドールの世界で一躍有名になりました。
マダム・モンタナリのワックス・ドールは、人間の髪の毛を針を使って髪の毛を埋め込み、しっかりと頭に固定されていました。
そのため、髪の毛が抜け落ちたり頭部を傷つけることなく、人形の髪の毛をとかすことができたそうです。
人形は非常に洗練された衣装を持っており、機会に応じて着替えることができたそうで、彼女の人形が上流階級の人々の人気を集めたのも頷ける話です。
彼女は王侯貴族のためにヴィクトリア女王の子どもたちの人形を制作し、これらは「ロイヤル・ワックス・ベビードール」と呼ばれています。
ファミリーでワックス・ドールを制作し続けたピエロッティ
同じく英国で有名なのが、ピエロッティ・ファミリーです。英国人の母を持つイタリア出身のドメニコ・ピエロッティは、1780年代からイギリスでワックス・ドールを制作し始めたと言われています。
彼の息子、エンリコ・ピエロッティもワックス肖像制作者となり、要人や著名人などをモデルにしています。
彼のワックス肖像は非常に精巧で、眉毛やまつ毛、髪の毛が頭部にワックスで埋め込まれていました。
ピエロッティ一家はその後もファミリービジネスとしてワックス・ドールを制作し、1930年代にはロンドンで名の知られたおもちゃ屋ハムリーズに人形を提供しています。
人々を夢中にさせた精巧なワックス・ドール
木や布でできた人形を愛用していた時代を経て、世に広まった精巧なワックス・ドール。それはどれほど多くの人たちを魅了したことでしょう。
アンティークドールを手にする時は、その素材にも注目してみてください。長い歴史と愛され続けた過去を持つ、人形の魅力がより深く感じられるに違いありません。
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